カンノのひとりごと

生徒さんの作文テーマ「秋を見つけたこと」に思うこと

秋を見つけた 金木犀画像

みなさん、こんにちは!

作文講師の菅野恭子です。学習塾シンクスの作文クラスで作文指導をしています。

10月に入り、あちこちで運動会が行われていますね。

すっかり秋。

小3の10月1週目の課題は、「秋をみつけたこと」なのですが、今の時期にちょうどぴったりの課題です。

身近なところに秋を探してみよう

秋。

みなさんは、どんなときに、「ああ、秋が来たなあ」と感じますか?

実は、この質問に即答できる子は、それほど多くないのです。

こちらから、「たとえばさ、私だったら~」と、ヒントを出してあげると、「ああ!あるあるある!」という反応を見せてくれる子がほとんど。

今の子たちは、学校に、習い事にと、意外とゆっくり季節を感じる時間がないのですよね。また、特に都会では、自然を通して季節の移り変わりを感じることが減っているのも事実です。

個人的に、私が秋を感じるときは、

  • 空が高くなってきたのを実感したとき
  • 夜、窓を開けているとひんやり涼しく感じられたとき
  • 金木犀の甘い香りをかいだとき
  • コンビニのお菓子コーナーに、栗やサツマイモを見かけるようになったとき
  • 長袖にくるまれ、ほっと感じるとき
  • お魚売り場にサンマを発見したとき

などでしょうか。

私の場合、秋といえば、金木犀のイメージが強いです。

日頃からの家庭での会話が役に立つ

「秋を見つけたこと」のように、特に生活と密着しているテーマにおいては、日ごろから家庭でどのような会話をしているかが、情報量に差をつけると感じています。これは、長年の指導に基づく体感なので、きちんとデータで示せるものではありません。また、家庭で親子がどのような会話をしているのかも、お子さんを通じて得た情報しかありませんので、正確にはわかりません。

ただ、「秋を見つけたこと」で、しっかり秋について表現できる子は、家庭の中で季節の変化や旬の食べ物についての会話をしているのです。

たとえば、

「サンマって秋が旬なんだよね」

と言う生徒さんに、

「旬なんて難しい言葉、よく知ってるね!」

と言うと、

「このまえお母さんとスーパーに行ったときに教えてもらったの」

というように。

こんなちょっとした親子の会話の積み重ねが、子どもの世界にはとっても重要なのではないでしょうか。

おうちでのちょっとした工夫が生きる

テレビで「秋の味覚といえばサンマ!」と言っていたから、サンマの旬は秋。本に書いてあったから、サンマは秋の魚。

情報は、もちろん、なにから手に入れてもいいのですが、前者と後者のあいだには、大きな隔たりがあると感じます。

一緒に買い物に行って、そこで、「サンマの旬は秋なんだよ。サンマが並ぶと、お母さんは秋が来たって気持ちになるなあ」と聞きながら、その日の食卓でサンマを食べておいしいと思う。

そんな日常の一コマを通して理解するサンマの旬は秋という事実は、なによりの生きた学びになると思うんですよね。

そして、そんな記憶のひとつが、人生の彩りになると思います。

人生なんて、そんな無駄(と思える)なことがあればあるほど豊かなのではないかなあ。

おうちでのんびりしている子を見たら、

「ゴロゴロしてるなら勉強しなさいよ!」

と言ってしまう親御さん、多いですよね。

でも、そのゴロゴロしている時間を、

「じゃあ、スーパーに秋を探しにいってみようか」

なんて一緒に買い物に行って、秋尽くしの夕飯を作ってみるとか。

そんな時間あるわけないじゃん!

と叩かれてしまいそうですが、子どもにとっての心の豊かさや学習への興味は、こんな経験から生まれると思うんです。

よい作文を書くには、経験と国語力のどちらも必要

計算ドリルや漢字ドリルのように、問題をやればやっただけ成果が見られるという勉強とは違い、作文の学習は、いかに持っているものを表現できるかを問われるものです。

心の中に残る景色、心があったまるような思い出、感動したひとこと、そういった経験の数々を、習得してきた国語力を用いて表現するのが作文です。

どんなに経験があっても、基本的な書く力がないと人に伝わる作文にはなりません。逆に、どんなに漢字ができても文法的に正確な文を書く力があっても、経験がなければまたそれも何か足りない作文になってしまいます。

つまり、どちらが欠けてもよいものは生まれないのです。

親御さんが意外と見落としてしまうのが、経験なのでは?

先に例をあげたサンマの話にあたるような経験です。

シンクス東品川教室の生徒さんの作文から

最後に、先日のシンクス東品川作文クラスで、小3の女の子が書いてくれた「秋をみつけたこと」の作文がとても素敵だったので、ご紹介します。

「毎年ふむぎんなん」

「あ、またふんじゃった。よけてもきりがないよ。

わたしが今よけているのは、ぎんなんです。じゅうたんみたいにおちているのでよけようがありません。でも、ぎんなんがおちていると秋だな~と思います。

けれど、ぎんなんはおいしいので、わたしはいつも電子レンジでいって食べます。とってもおいしいです。食べるとき、わたしはいつも思います。

「なんでくさいのにおいしいんだろう」

きをつけていたけれど、10コ以上ふんでしまいました。きょ年もじゅうたんみたいでした。きょ年はあきらめてふんで歩きました。家に帰ってから、

「くつをあらって」

とお母さんに言われてあらいました。マスクをしてもくさかったです。あらい終わってやっとくさくなくなってよかったと思いました。秋はおいしいものがたくさんあって楽しいです。

いかがでしょう?

秋の一日、銀杏並木の下を歩く女の子が目に浮かんでくる書き出し。題名の「毎年ふむぎんなん」のとおり、去年の話にも触れ、内容にぐっと深みができました。マスクをして洗っている姿もユニークで愛らしいですよね。

とても秋らしい作文になりました。

 

ABOUT ME
菅野恭子
筑波大学第二学群日本語・日本文化学類卒。 作文指導に定評のある言葉の森にて指導に携わる。 現在、言葉の森の教材・指導法にてシンクス東品川教室・シンクス上永谷教室・シンクス阪東橋教室で作文教室開講中。 2000年2001年2002年生まれの三兄弟の母。