みなさん、こんにちは!
作文講師の菅野恭子です。学習塾シンクスで作文クラスを担当しています。
みなさんは、ケンカはしますか?
ケンカするほど仲がいい、なんて言葉もありますが、実際にそうなのでしょうか?
今回は、「ケンカはよいか?」についての意見文の書き方について解説したいと思います。
書き方の流れ
意見文、それも、「ケンカはよいか」という、よいか悪いかのいずれかで書いていくパターンです。
おおまかな流れとしては、つぎのように考えましょう。
- ケンカはよい or ケンカは悪い よいか悪いか自分の立場を明確にする
- その理由のひとつめを述べる + その理由を裏付ける自分の体験を添える
- その理由のふたつめを述べる + 自分の体験または家族など周囲の人の体験や聞いた話を添える
- 反対意見へ理解を示し、再度、1の主張を述べる
ケンカはよいと思うなら、どうしてそう思うのか、理由をしっかりと用意しなくてはいけません。よいか悪いか、いずれかを選択する際に、必ず理由があるはずです。その理由をふたつ、考えてみましょう。
そして、その理由を裏付けてくれる体験も必要です。体験をもとに述べることで、説得力が増します。また、ぴったりくる体験を掘り出すことは、今後の受験など人生の転機にになる場面できっと役に立ちます。自分の記憶を整理するつもりで取り組んでみましょう。
よいか悪いか
では、まず第一段落の「よいか悪いか、自分の立ち位置をはっきりさせる」というところから考えてみましょう。
私は個人的に、ケンカは悪い派です。
その場合、
「私はケンカは悪いと思う。」
と述べます。これを是非の主題と呼びます。
書くことに慣れている子や、ある程度練習を重ねた子は、是非の主題の前に、ちょっとしたケンカにまつわるエピソードを添えるとさらに上手な印象を与えることができます。
たとえば、つぎのような書き方です。
ケンカするほど仲がよいという言葉があるが、実際はどうなのだろう? 私自身の経験では、ケンカするような仲は、やはり気が合わないからだと感じるようなことばかりだ。私は、ケンカは悪いと思う。
第二段落ではひとつめの理由と体験を
第一段落で是非の主題を書いたら、第二段落へと進みます。
ここでは、第一段落で述べた是非の主題を選んだ理由について書いていきます。
なぜよいと述べたのか、なぜ悪いと述べたのか、詳しく解説するわけです。
ケンカはよいと考えた人は、
- ケンカができるというのは本音でぶつかれる相手だから
- 思っていることははっきり相手に言った方がよいから
- ケンカになるとわかっていてもガマンする必要はないから
などの理由が考えられそうです。
逆に、ケンカが悪いと考えた人は、
- 人それぞれ考え方が違うのだからあえてぶつかる必要はない
- 相手を傷つけてしまうかもしれない
- 受け入れあうことも大切
などが考えられるでしょうか。
ケンカは悪いという立場に立った場合、第二段落の参考例はこのような感じでしょうか。
その理由のひとつめとしては、人と人がコミュニケーションをとる際に、どんなに気に食わなかったとしても、わざわざケンカをする必要がないからだ。人それぞれ考え方が違うのだから、お互いさまではないだろうか。だから、あえてぶつかる必要はない。私は以前、全く考えの違う人に出くわしたことがある。彼女の言うことは私の考えと正反対で、全く理解できなかった。話し合ってもどこまでも平行線のままなので、先に私が譲った。もしケンカをして、意見をぶつけ合ったとしても、解決策にはならなかったと思う。
第三段落ではできるだけ他者の体験を入れてみよう
第二段落では、ひとつめの理由を述べ、その理由を裏付ける体験談を添えました。
第三段落では、ふたつめの理由と、またまたその理由を裏付ける体験談を添えるという、第二段落と同じ流れで書いていきます。
ただし!
できるなら、体験談は、家族や友人など他者から聞いた話が入るとさらによし。
そういった人から聞いた話、もしくは、誰もが知っている著名人や伝記などで読んだ偉人の実例などでもOK。
イメージとしては、第二段落の体験談は個人的なもの、第三段落の体験談はより社会的なもの、といえばよいでしょうか。文字で表現すると、
第二段落の体験談 第三段落の体験談
かな。
たとえば、親は、中学生のみんなの2~3倍は長く、生きているわけです。
ということは、ケンカについての体験も、数段多く積んできています。
中学生のみんなが、「ああ、そういう考え方もあるんだなあ」と思うような体験談が飛び出すかもしれません。
自分だけの考えや体験だけでは、ケンカというテーマについて、多面的にみることが難しいのです。そこに、自分よりも人生の先輩である親の意見や体験に触れることで、視野をぐっと広げることができるのです。
第三段落の体験談は、そういう意味でも、他者に聞いてみた話を入れるようにしましょう。
では、参考例をあげておきましょう。
ふたつめの理由としては、大きな後悔を残す場合もあるからだ。私の父は、いとこと大喧嘩をしたことがあるそうだ。それも親戚が集まった席でのこと。お互い頭に血がのぼり、「お前の葬式には出ないぞ」「俺だって出るもんか」と言い合ったまま、二度と会うことはなかったらしい。結局、いとこの方が先に亡くなり、約束どおり父は葬儀に顔を出さなかった。男に二言はないのだ、と。子どものケンカだったら「ごめん」のひとことで仲直りできるのに、大人になるとつまらない意地を張って、仲直りしたくても叶わない。とても後味が悪かったそうだ。ケンカをするのは簡単だが、仲直りするのは難しい。覆水盆に返らずのことわざどおり、一度壊れたものをもとに戻すことはできない。仲直りできないままだと、大きな後悔を残すことになる。
第四段落はまとめ
さあ、ここまで書けたらもうゴールが見えてますよ。
最後の段落では何を書くかというと、
- 反対意見への理解
- 再度、是非の主題
のふたつです。
まず、反対意見への理解。
これは、第一段落の是非の主題で自分がとった立場と反対の立場にいる人たちに理解を示してあげることです。
そうだよね、わかるよ~、そういう意見もあるよね~、と共感するイメージです。
文章にするなら、
「たしかにケンカはよい(悪い)という意見も理解できるが、」
となります。
そして、反対意見への理解で相手へ理解を示したあとで、
でもね、やっぱり私は、こっちがいいと思うんだよね~と、自分の意見を述べるのです。
「たしかにケンカはよい(悪い)という意見も理解できるが、やはり私は、ケンカは悪いと思う。」
基本は、このような流れですね。
適宜、この基本の形に肉付けし、文章を補うとさらに充実した内容のまとめになります。
雨降って地固まるというように、ケンカをしてお互い自分の胸のうちをぶつけあうことで、関係性がより強固になる場合もあるだろう。たしかに、ケンカはよいという意見にも頷ける部分がある。しかし、すべてのケンカが雨降って地固まるわけではない。片方が大きく傷ついたり、お互いとりかえしのつかない嫌な思いをすることもある。譲り合う、許し合う、そんな精神で、ケンカをしないに越したことはない。だから、やはり私は、ケンカは悪いと思う。
意見文を書くときに大切なこと
体験談を入れるのはなぜか。
それは、その体験談を入れることで、実際に経験したことを通して考えた意見は、信憑性があるからです。
また、その体験からは、書き手の個性が伝わります。オリジナリティあふれる内容になるのです。
経験は宝です。意見文を書く際には、欠かせないものになりますから、日ごろから自分の持つ経験を整理しておくとよいですね。
定期的に意見文を書く練習をするのも、その整理に役立ちます。